PR

紅葉狩りはなぜ「狩り」なの?意味と由来をゆるりと探ってみた

イベント

紅葉を見るだけなのに、どうして名前は「紅葉見」じゃなくて紅葉狩りなんだろう?

あらためて考えると、ちょっと不思議な言葉なんですよね。

だって、山へ行っても何かを捕まえるわけじゃないし、葉っぱを集めなきゃいけないわけでもありません。

なのに「狩り」。

ここが引っかかって意味を追いかけてみたら、昔の「狩る」は、今イメージする動物の狩りだけではなかったようなんです。

しかも途中で桜狩りなんて言葉まで出てきて、調べるほど寄り道したくなる…!

よく聞く紅葉狩りの由来も、ひとつの話だけでスパッと決めるには少しもったいなさそう。

「なぜ狩りなの?」から始めて、昔の言葉をゆるりとたどってみます。

紅葉狩りって、そもそも何を「狩る」の?

紅葉狩りと聞くと、改めてちょっと引っかかります。

栗拾いなら栗を拾う。きのこ狩りなら、きのこを採る。

じゃあ紅葉狩りは……紅葉した葉っぱを集めるの?

名前だけ見るとそんな想像もしてしまいますが、どうやらそういうことではありません。

葉っぱを集めるイベント……ではありません

紅葉狩りは、山や野に出かけて紅葉を眺め、その美しさを楽しむことです。

辞書でも「山野に紅葉をたずねて観賞すること」とされ、「紅葉見」や「観楓」と同じような意味で使われています。

なので、きれいな葉を見つけて摘んだり、持ち帰ったりするのが紅葉狩り……というわけではありません。

ここ、文字だけ見ているとちょっと意外でした。

「狩り」と付いているから、何かを手に入れるところまで想像していたんですよね。

眺めて歩くだけでも、ちゃんと「紅葉狩り」

紅葉した山や公園をぶらぶら歩いたり、色づいた木々を眺めたり。

それだけで、ちゃんと紅葉狩りです。

むしろ現在の意味だけを見ると、かなりのんびりした秋のお楽しみ。

獲物を追いかける「狩り」とは、ずいぶん雰囲気が違います。

となると、やっぱり残るのが最初の疑問。

見るだけなのに、どうしてわざわざ「狩り」なんだろう?

ここから「狩る」という言葉そのものをたどってみると、紅葉狩りという名前が少しずつ自然に見えてきます。

紅葉狩りはなぜ「狩り」なの?昔の言葉をのぞいてみよう

見るだけなのに「狩り」。

さっきまで残っていたこの違和感、昔の言葉をのぞくと少しずつほどけてきます。

ポイントは、「狩る」という言葉が、動物を捕まえるときだけに使われていたわけではないこと。

ここから一気に話がつながってきました。

昔の「狩る」は動物だけを追いかける言葉じゃなかった

「狩る」と聞くと、まず思い浮かぶのは鹿や鳥などを追って捕まえること。

もちろん、その意味は昔からあります。

でも辞書を見てみると、それだけじゃないんです。

デジタル大辞泉では「狩る」に、花や草木を観賞するために尋ね探すという意味も載っています。

精選版 日本国語大辞典にも、野山へ出て草木を探し求め、観賞して楽しむという意味があり、その古い用例として12世紀の歌学書『奥義抄』が挙げられています。

ここまで分かると、「紅葉なのに狩り?」という最初の引っかかりが、ちょっと小さくなりませんか。

今の感覚で「狩り=獲物を捕まえる」と考えていたから、不思議に見えていたんですね。

花や草木を探して楽しむのも「狩り」だった

しかも面白いのは、ただ植物を採る場合だけではありません。

きれいな花や草木を探して歩き、それを眺めて楽しむことにも「狩る」が使われていました。

日本国語大辞典の「狩り」にも、山野へ出かけて花などの美しさを観賞する意味として、桜狩りや紅葉狩りが挙げられています。

なるほど。

辞書にある「狩る」の意味を見ると、紅葉を採ることだけではなく、美しい草木を尋ね歩いて観賞することまで「狩り」につながっていたと分かります。

「桜狩り」まである!なるほど、ちょっと話が見えてきた

そして、ここで私がぐっと引っかかったのが桜狩り。

紅葉だけじゃなかったんです。

「桜狩り」は、山野に桜を尋ね歩いて観賞すること。

精選版 日本国語大辞典では、『宇津保物語』の970~999年ごろの用例が挙げられています。

同志社女子大学の吉海直人教授も、古典では「桜狩り」が使われており、「紅葉狩り」より文献上の登場が早いと紹介しています。

紅葉狩りだけを見ると変わった名前に思えたのに、桜狩りまで並ぶと印象が変わります。

どうやら「狩り」は、私たちが思っていたよりずっと守備範囲の広い言葉だったようです。

となると次に気になるのが、では紅葉を見ることが、いつ、どうして「紅葉狩り」と呼ばれるようになったのか。

ここはよく聞く平安貴族の話だけでは、どうも終わらなさそうです。

「平安貴族が山を歩いたから」で終わり……ではなさそう

紅葉狩りの由来を探すと、よく出てくるのが平安時代の貴族のお話です。

図書館のレファレンスでも、紅葉狩りの「狩り」について複数の説が紹介されています。

知れば知るほど、昔の言葉って一筋縄ではいきません…!

紅葉を探して山を歩く姿を「狩り」に重ねた説

ひとつは、紅葉を求めて山野を歩き回る様子を、獲物を探す狩猟になぞらえたという説です。

レファレンス協同データベースでも、「あちらこちらと紅葉を鑑賞して歩くことを狩りにたとえた」という説明が紹介されています。

平安時代の貴族が、紅葉を見るために山野へ出かけることを「狩り」になぞらえた、という説明もあります。

枝や葉を手に取って楽しんだから、という説もある

もうひとつが、昔は紅葉を眺めるだけでなく、実際に枝や葉を集めて楽しんだから「狩り」になったという説。

これも岐阜県図書館のレファレンスで紹介されています。

山を歩いて紅葉を探した。

そして気に入った葉や枝を手に取った。

そう考えると、「狩り」という字が付いた理由もなんとなく想像しやすくなります。

紅葉狩りの由来はひとつに決めきれない

ここまで追ってみると、「平安貴族が歩くために狩りと呼んだ」だけで終わらせるのは、ちょっともったいないんですよね。

そもそも前に見たように、「狩る」には草木を尋ねて観賞する意味もあり、「桜狩り」という古い言葉もあります。

だから私は、ひとつの面白いエピソードを正解にするより、昔の「狩り」は今より意味が広かったと考えるほうが、紅葉狩りという言葉をすんなり受け止められました。

では実際に、「紅葉狩り」という言葉はいつごろから使われていたのか。

次はもう少し昔まで、言葉のあとを追いかけてみます。

「紅葉狩り」っていつから言ってたの?古い言葉までたどってみた

「狩り」の意味を追っていたら、今度は紅葉狩りという言葉そのものがいつからあるのかまで気になってきました。

ここまで来ると、だいぶ昔の日本語へ寄り道しています(笑)。

文献をたどると、平安時代には「紅葉見」が確認でき、「紅葉狩り」の古い用例はもう少しあとに登場します。

平安時代には「紅葉見」という言葉もあった

平安時代の人たちも、もちろん紅葉を楽しんでいました。

ただ、そのころの文献で確認できるのが「紅葉見(もみじみ)」という言葉です。

同志社女子大学の吉海直人教授による解説では、『源氏物語』の「椎本」の巻に紅葉見へ出かける記述があり、『拾遺和歌集』などにも「紅葉見」の用例が見られます。

紅葉を見るから、紅葉見。

ものすごく分かりやすい名前です。

今だったらこちらのほうがすんなり入ってきそうなのに、いつの間にか「紅葉狩り」が主役になったんですね。

「紅葉狩り」の古い用例は鎌倉時代までさかのぼる

では、「紅葉狩り」はいつ出てくるのか。

精選版 日本国語大辞典では、1310年ごろ成立の『夫木和歌抄』にある用例が初出例として挙げられています。

つまり、文献で確認できる範囲ではこんな順番になります。

時期確認できる言葉・作品ここでのポイント
平安時代紅葉見紅葉を見に行く表現として使われている
鎌倉時代・1310年ごろ『夫木和歌抄』の「紅葉狩」古い「紅葉狩り」の用例が確認できる
室町時代後期能『紅葉狩』観世信光(1450~1516)の作品

こうして並べると面白い!

紅葉を楽しむ文化が先にあって、その呼び方として「紅葉見」も使われ、のちに「紅葉狩り」という言葉も文献に現れてくるという流れが見えてきます。

能の『紅葉狩』が言葉の始まり……というわけでもない

紅葉狩りを調べていると、鬼女が登場する能の『紅葉狩』にもたどり着きます。

これがなかなか印象的なので、「もしかして紅葉狩りという名前はここから?」と思いたくなるところ。

でも年代を見ると、そう単純ではありません。

文化庁と文化デジタルライブラリーでは、能『紅葉狩』を観世信光(1450~1516)の作品として紹介しています。

それより前の1310年ごろには、すでに『夫木和歌抄』で「紅葉狩」の用例が確認されています。

ということは、能『紅葉狩』が「紅葉狩り」という言葉そのものを作ったわけではなさそうですね。

ただ、同志社女子大学の解説では、この謡曲によって「紅葉狩り」という言葉が広く知られるようになった可能性も指摘されています。

「なぜ狩り?」だけを調べ始めたのに、平安、鎌倉、室町とずいぶん遠くまで来ました。

でもここまでたどると、紅葉狩りという言葉が急にポンと生まれたのではなく、昔から続く紅葉を楽しむ文化と言葉の変化の中で育ってきたことが見えてきます。

で、結局なぜ「紅葉狩り」なの?ここで答え合わせ!

紅葉を見に行くだけなのに、なぜ「狩り」なのか。

平安、鎌倉、室町まで寄り道してきましたが、そろそろ最初の疑問へ戻りましょう。

ここまでたどると、どうやら私たちが思っていた「狩り」のイメージが少し狭かったことが大きなポイントになりそうです。

美しい紅葉を探し求めることも、昔の「狩り」につながっている

いちばん分かりやすく言うなら、昔の「狩る」は、獲物を捕まえるだけの言葉ではなかったということ。

辞書には、野山へ出て草木を探し求め、観賞して楽しむ意味も載っています。

しかもその使い方は古く、『奥義抄』には「桜狩り」について、桜を尋ね求めることだと説明した例まで残っています。

そう考えると、紅葉狩りもずいぶん自然。

山や野を歩きながら、美しく色づいた紅葉を探して楽しむ。

何かを捕まえなくても、美しいものを尋ね歩くこと自体が「狩り」につながっていたんですね。

最初はちょっと変わった名前に見えたのに、意味を知るとむしろ昔らしい言葉に思えてきました。

鬼女の「紅葉」と紅葉狩りの由来は関係ある?

紅葉狩りの由来を探していると、途中でかなり気になる存在が出てきます。

鬼女・紅葉(もみじ)です。

長野市の鬼無里・戸隠周辺には、紅葉という女性と平維茂の戦いを描く「鬼女紅葉伝説」が伝わっています。

さらに能にも観世信光作の『紅葉狩』があり、平維茂が紅葉狩りに入った山中で美女に出会い、その正体である鬼女と戦う物語になっています。

となると、名前の由来も鬼女の紅葉から……と思いたくなるところ。

でも、ここは分けて考えたほうがよさそうです。

『夫木和歌抄』には1310年ごろにはすでに「紅葉狩」の用例があり、観世信光は1450年生まれ。

少なくとも、能『紅葉狩』より前から、紅葉を観賞する意味の「紅葉狩」は使われていました。

つまり、少なくとも能『紅葉狩』が「紅葉狩り」という言葉の始まりだった、という順番にはなりません。

鬼女紅葉伝説そのものとの語源上の関係は別の話なので、ここは一般的な「紅葉狩り」の由来とそのまま同一視しないほうがよさそうです。

意味を知ると、いつもの紅葉もちょっと違って見えてくる

最初の疑問は、とても単純でした。

紅葉を見るだけなのに、なぜ「狩り」?

でも昔の「狩る」には、美しい草木を探し求めて楽しむ意味がありました。

「桜狩り」もあれば、「紅葉見」という言葉もある。

そこへ「紅葉狩り」が加わって、何百年も言葉が残ってきたわけです。

こうして知ってしまうと、紅葉の名所をぶらぶら歩く時間もちょっと面白くなりそう。

ただ景色を見るだけではなく、きれいな一枚、きれいな一本を探しながら歩く。

それなら確かに「紅葉狩り」。

次に紅葉を見に出かけたら、私はちょっとだけ昔の「狩り」を意識してしまいそうです♪

「なぜ狩り?」が分かると、紅葉狩りがちょっと面白くなる

最初は、見るだけなのにどうして「狩り」なんだろう?という素朴な疑問でした。

たどってみると、今とは少し違う昔の言葉の使い方が見えてきます。

今回のポイント分かったこと
なぜ「狩り」?昔の「狩る」には、草木を尋ねて観賞する意味もあった
紅葉狩りとは紅葉した山野を訪ね、眺めて楽しむこと
ほかにもある?「桜狩り」のように、美しい草木を尋ねる言葉も使われていた
いつから?「紅葉見」は平安時代、「紅葉狩」の古い用例は鎌倉時代までさかのぼる
鬼女の紅葉との関係能『紅葉狩』より前に「紅葉狩」の用例があり、少なくとも能作品が言葉の始まりではない

私がいちばん面白かったのは、紅葉狩りが変わった名前なのではなく、「狩り」という言葉のほうが思っていたより広かったこと。

意味を知ったあとなら、紅葉の中をぶらぶら歩きながらきれいな一枚を探す時間も、なんだか昔の「狩り」に少し近く感じられます。

次の紅葉は、景色だけじゃなく名前までちょっと楽しめそうです♪